さとこのブログ〜乳がん患者の家族が考えていること〜

乳がん(アポクリンがん)患者の家族として思ったことを、気が向いたらつらつらと(^O^)

『美しくあることは』

「美しくあることは 唯一人ゐる 己れ自らの時のため

愛するものゝためにこそ美しかれ

あゝしかし多くの人間達は

他人のため 敵のためにうきみをやつす」

(松本竣介『人間風景』より引用)


「松本竣介は、1912年に東京で生まれ、少年時代を岩手県花巻、盛岡で過ごしたのち、ふたたび東京に出て画家となりました。1935年頃から没年の1948年まで画家として松本竣介は、家族や自身をテーマにした人間像のほかに、とりわけ詩情豊かに都会風景を描いたことで知られます。洗練された感覚に支えられた彼の絵画は、時代の彩りを映しながらも、いつも透明感をたたえています。靉光や麻生三郎らとともに、自分たちの世代の新しい絵画を模索した松本竣介は、現代にあっても忘れることのできない大切な画家です。」

(神奈川県立近代美術館のHPより引用)


神奈川県立近代美術館、今は閉館してしまった鎌倉館の企画展で、松本竣介の自画像と目が合いました。そこから、彼の作品の虜になりました。冒頭の詩に、当時の私はとても勇気付けられました。学生生活の中で思い悩むことがあると、授業中、ノートの隅に『美しくあることは…』とよく書いていました。大学生の頃には、彼の作品が観れるならと都内は勿論、盛岡や桐生にある美術館を訪れました。ミュージアムショップでは絵葉書を買い、部屋の壁に貼っては眺めていました。

社会人になり、美術館は年に一度行くかどうかの頻度ではありますが、竣介の絵や言葉は、今の私にも凛として優しく映ります。彼が亡くなったのは、戦後間もない1948年のこと。36歳でした。

小学生の頃、母に買ってもらった井上靖の文庫本。『しろばんば』の続編『夏草冬濤』の表紙絵が竣介であると私が気付いたのは、数年前のことです。


「文化遺産オンライン」

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/90109

竣介の同期に舟越保武という著名な彫刻家がいます。《Y市の橋》(Y市=横浜市)のエピソードが素敵だったので、リンク付けしておきます。竣介が舟越保武や麻生三郎といった仲間たちと共に長く活動出来ていたら、どんな作品を遺してくれたのでしょう。