さとこのブログ〜乳がん患者の家族が考えていること〜

乳がん(アポクリンがん)患者の家族として思ったことを、気が向いたらつらつらと(^O^)

手術後〜退院

2年前、鎌倉に海を見に行った時の写真です。冬の海が好きです。



手術翌日の14時過ぎに母を見舞いに行きました。体に繋がれていた管はドレーン以外全て外され、トイレも一人で歩いて行けるし、ご飯も全て完食出来ました。母曰く「手術が終わってホッとしたけど、窓から外の景色を見ると〈何でいま私はこんなところにいるんだろう…〉って思っちゃった(>_<)」とのことでした。

リハビリも手術翌日から始め、日を追って動きを変えていきます。ボールをニギニギすることから、徐々に腕を上げていく動作に移行していきました。順調に回復していきました。

私の仕事の都合で、見舞いに行けたのは手術翌日とあと1日だけだったのですが、手術からちょうど1週間で退院と相成りました。


☆入院中のまとめ(母ver.)

・神経質な人は個室の方が良い。トイレ、テレビ、冷蔵庫、収納が備え付けられているとやはり便利。

・初めは「テレビは観ない」と言っていたけれど、流しておくだけでも気がまぎれる。家にいた時に観ていた番組を、同じ時間に観られると安心する。

・雑誌を読む気分にはなれない。文字を読むのが大変だから。

・食事は美味しかった!

・看護師達は優しかった。

・手術前日と当日は、不安で夜眠れない。

・お見舞いに来てくれると嬉しい(((o(*゚▽゚*)o)))

・手術した所とリンパ節郭清した箇所はシクシク痛い。手術した側の腕を動かすのが怖い。

・早く退院したくてしょうがなかった。


☆入院中のまとめ(私ver.)

・入院前と手術当日までは目まぐるしく忙しい。

・医者はそれほど病気に関して専門用語を使って説明しない。患者に合わせて対応を変えているのだろうが。

・会社には家族の病気のことを伝えた方が良い。休みを変えたり、半日有給を使ったりするため。

・仕事に集中している間は家のことを考えなくて良いので、働いていて良かった。

・ストレスがたまっていたので、体に悪い物を食べてしまいがち。

・水回りの掃除に集中している間は母のことを考えなくて良いので、掃除ができて良かった。

・乳がんに限らず、病気について四六時中考えていると精神衛生上よろしくないので、あまり考えない方が良い。

・父の下着を洗濯するのを後回しにしていたら替えのパンツがなくなり、スーパーに買いに行った。次回からは父の下着は最初に洗う。


退院日には家族で母を迎えに行きました。帰りに買い物をしていけるくらい、母は元気でした。

手術当日②

職場近くの木々です。色づいて綺麗ですね。



私は母の部屋で手術の終わりを待つことにしました。がん関連の本と、大好きな笹野高史さんの『待機晩成』という本を持って行ったのですが、とてもがんの本を読む気になれず、笹野さんに励まして頂くことにしました。私は笹野さんの『味のある声』と『優しい目』が好きです。今いちばん好きな役者さんです。


部屋で本を読み始めて1時間ほど経った頃、看護師から「手術が終わった」と言われました。予定では2時間程と聞いていたので(まあそれも長すぎかなとは思いましたが)、思いの外早く終わりました。ストレッチャーで運ばれて来た母は、ドレーンを始め、血圧計や足のマッサージ機などに繋がれ、顔が真っ白で帰ってきました。

手術時間は1時間5分。全摘出で再建なしのだったので早かったのかもしれませんが、手術時間が短いということは、患者本人の肉体的負担も軽いでしょう。ホッとしました。

看護師が30分、1時間おきに母の様子や数値を見に来ます。暫くすると母が目を覚まし、ひと言ふた言会話が出来るようになりました。

以前の手術では麻酔から目覚めた後の気持ち悪さがあまりに酷く、今回も不安に思っていたのですがそういう酷く気持ち悪いということは無かったようです。

しばらくして担当医に呼ばれ、摘出した乳房とリンパ節を見に行きました。この後、病理診断を行うということでしたが、結果的にはリンパ節への転移は認められませんでした。

眠そうな母と無理矢理会話するのも気が引けたので、途中昼食兼夕食をとりに出かけました。

18時前に病院に戻ると、顔に血の気が戻ってきた母が起きていました。少しだけ会話をして、帰りました。あまりその時のことは覚えていませんが、とにかく無事に手術を乗り越えられたことを「頑張ったねー」と話掛けた記憶はあります。


久々にブログを書きましたが、やっぱり「がん」と向き合うのは、とても疲れます。患者の家族ですらこんななのに、患者本人はどれだけ大変でしょう。本当に、がんサバイバーの方はすごいですね。

こういう時は、景色を見たり、笹野さんの笑顔に癒されることにします。

手術当日①

手術が10時からだったので、立会いのために8時30分に病室へ。

今までで一番ナーバスな状態になった母が、パジャマを着てうなだれていました。睡眠導入剤と下剤を飲んだのですがどちらも全く効かず、緊張したまま朝を迎えたようです。

弾圧ストッキングを履き、手首に点滴を刺し(1回目が上手く入らなくて…やはり緊張していると入りにくいのでしょうか)、9時30分に手術室へと足取りも重く向かいます。

だだっ広いエレベーターに4人、案内係と家族で乗り込みました。手術室の前は狭い通路しかなく、無機質な作りで薄暗く感じました。

私「頑張ってね、待ってるからね」

母「行ってきます…(/ _ ; )」

私と父に元気なく手を振る母と別れました。

父「《手術中》って赤く電気がつくやつとか、長いベンチで家族が祈りながら待つってことはないんだね。やっぱりテレビとは違うなぁ」

私「ほんとにね」


緊張感のないやりとり。

もちろん母のことは心配なのですが、手術室に入ったらあとはもう手術が絶対に上手くいくという確信のもと、母を待つしかありません。

私にできるのは、手術が終わるのを大人しく待って、母を迎えることだけでしたから。